患者様からのクレームに対応していると、「慰謝料を払わないとネットに悪評を書き込んでやる」「土下座しろ、謝罪文を書け」というような要求を受けることがあると思います。
トラブルを起こしてしまったという罪悪感や、断ると訴えられるのではないかという不安から、患者様の要求には全て応えないといけないと思い込んでしまう医師が多いですが、このような行き過ぎた要求に応じる必要はありません。
医療ミスや何らかの不手際を起こした場合、もちろん示談金や慰謝料を支払うなど適切な対応をしなければいけませんが、それは患者様の言うこと全てに従わなければいけないということではないのです。
このようなクレームを受けた場合は、以下のポイントを抑えて対応しましょう。
不用意に謝罪したり、謝罪文を書いたりしない
患者様から「謝罪しろ」「謝罪文を書け」と言われると、その通りに謝罪すれば場が収まりそうだと考えがちです。しかし、それでクレームが収まるケースはあまり多くありません。むしろ、「言うことを聞いたからさらに要求してやろう」「言うことを聞いたということは、やはり何かミスがあったんだろう」と思われてしまう場合の方が多いです。
このような要求を受けた時は、「後ほど正式な回答をさせていただきます」「正式な文書を作成して後日お渡しします」と告げるだけにとどめて、お引き取りいただくようにしましょう。
示談書を作成せずにお金を支払わない
患者様から金銭の支払いを要求された時に、「お金を払って済むのなら」と考えた医師が、示談書を作らずにお金を渡してしまうケースがよくあります。
しかし、言われるがままにお金を支払ってしまうと、さらに追加の支払いを求められることもあります。この時に示談書を作成していないと、「この件に関してはこれ以上の請求をしない」という取り決めの証拠が存在しないので、「この前の支払いで終わりとは言っていない」などと、患者様からの請求額がどんどん高額になっていく可能性があります。
よく見られるのが、数十万円を請求されて支払ったところ、今度は数百万円の請求を受けるようになって、困った医師がその段階でようやく弁護士に相談するというケースです。
こうなると、裁判になった時に、裁判所は「最初に数十万円を支払ったのは過失があることを認めたからだ」と判断して、過失の存在を争いにくくなってしまう可能性があります。
また、一度まとまった金額を手に入れた患者様が、この医院からは要求さえすればお金を引き出せると考えて、その後の交渉でも強気な態度を崩さなくなってしまうこともあります。
録音、記録を取る
交渉を行う際には、患者様とのやりとりを必ず録音、記録しましょう。「慰謝料を払わないと○○するぞ」という悪質な要求を受けた場合に、それを証拠として残しておくという狙いがあります。事前に患者様の同意を得る必要はありませんし、秘密で行った録音であっても、裁判で証拠として認められます。
他の患者様に迷惑をかける場合には警察へ通報する
待合室で大声で喚いたり、「クレームへの回答を後日行うので今日は引き取ってほしい」と伝えたにもかかわらず医院から立ち去ろうとしないなど、他の患者様に迷惑をかけている場合は、110番通報をしましょう。警察は医院のトラブルに慣れているので、患者様を説得して引き取らせてくれます。また、警察の側に通報の記録が残りますので、警察沙汰になったという客観的な証拠を残すことができます。
すぐに弁護士に相談する
一番おすすめなのがこの方法です。
「弁護士を介入させたら患者様がますます怒るのではないか」と考える医師も多いですが、当事務所の経験では、むしろ弁護士が代理として交渉を行うことで患者様が冷静になることがほとんどです。患者様が感情的になったあまりに行き過ぎた要求をしている場合は、医師以外の第三者と話し合うことで気持ちを落ち着かせることができますし、金銭目当ての悪質なクレーマーの場合には、法律の知識のある弁護士が相手なので、脅迫や恐喝めいた言動を控えるようになります。
もっとも、厄介払いをしたいから弁護士に頼むという態度を見せてしまうと、患者様の感情を損ねてしまいます。弁護士に交渉を引き継ぐ際には、患者様に「適切に誠意をもって対応させていただくため、今後の話し合いは専門家に依頼いたします」と伝えるようにしましょう。弁護士を介入させるのは患者様のためであるというスタンスであれば、患者様に断られることはまずありません。
もっとも、どこからが脅迫に近いクレームかという線引きははっきりしませんし、実際に対応していると、患者様の要求にどこまで応えればよいのかが判断しにくくなってしまいます。何らかのトラブルが起きた時点で交渉を弁護士に任せるというのが最も確実な方法です。